荒木経惟写真展〈往生写集―東ノ空・PARADISE〉@資生堂ギャラリー

荒木経惟は近年、ますます精力的に活動を続けている。

「あらきのぶよし」と音で聞いてすぐに写真家の名前だと分からない人でも、「アラーキー」と言われればその姿が思い浮かぶかもしれない。

女性のヌードの写真ばっかり撮ってる、奇妙な格好をした写真家。

多くのひとたちの印象は、そんなところだろう。残念なことに。

日本ではそれほどにセンセーショナルに扱われすぎた写真家。

だが、日本人写真家としての荒木は、海外でその評価が特に高い。

ジュネーヴに滞在中、隣のアトリエを使っていた写真家のヴァンサンと遊びに来ていた批評家のリカルドが、真っ先に好きな日本のアーティストとして挙げたのも荒木だった(ちなみに、好きな作家は村上春樹。好きな映画監督は黒沢清だとヴァンサンは答えた)。

特に、ヴァンサンはダヴィドの『マラーの死』をオマージュした自分の作品にも、荒木の写真集を引用するほどだ。

Vincent Calmel ホームページ : http://www.vincentcalmel.ch/galeries/editorial/

エロスとタナトスの東洋的な解釈と昇華。

銀座の資生堂ギャラリーで開催されている荒木の個展 〈往生写集―東ノ空・PARADISE〉 はますますその傾向が強まっているものだった。

資生堂ギャラリー ホームページ : http://www.shiseidogroup.jp/gallery/

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今回の展覧会は、荒木が東日本大震災後から撮り続けているモノクロの〈東ノ空〉、朽ちかけた花と人形を色鮮やかに浮かび上がらせた〈PARADISE〉、本展のために撮り下ろした〈銀座〉の3部構成になっている。

メインスペースの上面、白い壁が窓枠のかたちに加工されていて、ちょうど窓から外を眺めるかのように展示されているのがインクジェットプリントの〈東ノ空〉だ。全部で13点。そのどれもが同じ自宅の屋上からの定点観測になっている。荒木の立っている場所は変わらなくても、空は日々変化していく。澄み渡った空もあれば、厚い雲に覆われた空もある。だが、空を切り取るという行為の連続性は変わらない。変わってしまうのは、ひとの気持ちや関心のほうだろう。被災地の風景も、変わっていく場所と変えることのできない場所がある。それでも毎日撮り続ける。それは祈り続けるという行為そのものだ。

〈銀座〉はそんな〈東ノ空〉の下にひろがる風景だ。震災とは無関係の日常を取り戻したふうを装って、被災地を切り捨てつづけている東京の風景。しかし〈東ノ空〉を通じて、被災地と東京はこれまでも、これからもつながっているのだ。

この〈銀座〉で、荒木は得意のストリートスナップを敢行している。そして被写体を丹念にながめていると、彼が見つめている存在が浮かび上がってくる。

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カメラをかまえた人たち。すなわち「見る人たち」と、

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未来を担うこどもたち、「若者たち」だ。

〈東ノ空〉に被災地で亡くなった人たちに対する直接な鎮魂の祈りがこめられているとするならば、〈銀座〉には未来のこの国の姿に対する祈りがこめられている、とぼくは思った。

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メインスペースの一面と奥のスペースは、黒壁になっていて、打って変わった極彩色の世界がひろがっている。

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PARADISE〉(正確には「P」は左右が反転している)は、プラスチック製の怪獣や壊れた人形、枯れる間際の花を組み合わせた、物語性を感じさせるスティル写真。まさにエロスとタナトスの世界だ。

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一枚一枚じっくりと見させていただいた。そしてなかなか部屋を出られずにいた。痛ましすぎるのだ。

荒木は1990年に妻と死別し、最近はその妻の代わりであるかのように長年連れ添った愛猫のチロに先立たれた。それらの別れの記録は写真集というかたちで世に出ているのだが、この〈PARADISE〉シリーズほどの痛ましさは感じられない。

被写体となっているオモチャは首がもげ、塗装が剥げ、血の涙を流している。それ自体が「痛み」を感じさせるビジュアルであるが、感じる痛ましさの由来はそこではない。

愛を感じるのだ。

無生物である被写体にそそがれる、狂おしいほどの愛だ。

なぜこれほどまでに。

こう考えることができる。人形たちはきれいに化粧され、装っているのだと。この世の楽園〈PARADISE〉という舞台を用意された怪獣たちは世界の美しさを謳歌している。

死を前にしてなお、愛を生を語ることの高潔さ。

死の物語ではなく、生の物語のための変換装置。

それがこの〈PARADISE〉シリーズなのだと感じた。

そうすると、この装置の原動力となっている、失った存在の大きさが肩にのしかかってくる。

そこに痛ましさを感じて、ぼくはしばらく動くことができなかったのだ。

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失われたものたちが「ここは地獄かい?」と問う声が聞こえるような気がした。

ここは間違いなく、美しい地獄だ。

荒木経惟写真展 〈往生写集―東ノ空・PARADISE〉は東京・銀座の資生堂ギャラリーで12月25日まで。

 


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