「つくば写真美術館」という現象 // 『1985/写真がアートになったとき』青弓社

青弓社から出版された『1985/写真がアートになったとき』は、1985年の国際科学技術博覧会(科学万博つくば’85)の開催に合わせて開館された「つくば写真美術館」について、日本写真史におけるエポックメイキングな現象であるとして着目し、2010年に早稲田大学でおこなわれたシンポジウムの再録と、その後の関係者インタビューという構成によって、その現象を立体的に浮かび上がらせようとする試みである。DSC_6343

つくば写真美術館とは

つくば写真美術館は、ツァイト・フォト・サロンの石原悦郎が、飯沢耕太郎、伊藤俊治、金子隆一、谷口雅、平木収、横江文憲の6名の仲間とともに1985年の3月9日から9月16日までの期間限定で開館した、日本初の写真専門美術館である。当時まだ若手であったこの6名のキュレーションにより企画された写真展〈パリ・ニューヨーク・東京〉は、国内外170人の写真家による写真450点あまりを展示するという、非常に大がかりなものであった。

写真展の商業的失敗と歴史的価値

しかし、この日本初の写真専門美術館という野心的な試みは、商業的には失敗に終わる。科学万博の会場から遠いという地理的条件等が災いし、期間中の来場者数は伸び悩み、この展覧会のために用意された3万部のカタログは、3000冊が売れ2000冊が献本されたものの、6分の5にあたる残りの2万5000部が廃棄処分となった。
ただ、商業的には失敗に終わったものの、この写真展はテーマ展であったという点がそれまでの写真展とは違って斬新であった。1985年になるまでにも、美術館や百貨店画廊などで写真のみの展覧会はおこなわれていたが、それらは主に写真史的な観点により企画されたものであった。つくば写真美術館も「写真はパリで生まれ、ニューヨークで成長し、東京でさらなる展開をしようとしている」という通史的な側面はあるものの、それ以上に「都市と写真」の関係について考察し、観る者に問うものであった。
そして、このつくば写真美術館の後に、1988年に川崎市市民ミュージアム、1989年に横浜美術館という写真部門をもつ美術館が相次いで開館し、さらに1990年には東京都写真美術館が第1次開館となる。それぞれの美術館の開館には先ほどの若手キュレーターたちがかかわっており、つくばで得られたノウハウが、その後の日本における写真美術館の展示・保存・収集活動にいかされているのである。

本書について

本書は、第1部がつくば写真美術館についての概説とシンポジウムの再録、あいだにシンポジウム実行委員たちのコラムを挟んで、第2部でつくば写真美術館を企画した石原・金子・飯沢・伊藤との各対談という構成になっている。この構成により、本書は単なる回顧録でも検証記録でもインタビュー集でもないものになっている。言うなれば、「つくば写真美術館」という現象を手がかりにして、写真についてさらに一歩深く考えるための手引きである。
このため、第2部の対談編でも、メインで語られるのは決してつくば写真美術館のことではない。石原は写真マーケットの変容について、金子は写真集コレクションについて、飯沢は写真批評史について、伊藤はコンテンポラリーなアート全体についても語っている。そのどれもが、読み物として単純に面白い。たとえば、つくば写真美術館の開館に向けて、キュレーターたちが石原に世界中から写真を買ってくるように指示するあたり、石原がわざと違うものを買ってきて、それがまた良かったなどという裏話などは読んでいてとても楽しくなる。
また、シンポジウムの再録やインタビューの積み重ねによる立体的構成によって、歴史的な転換点となった大きな事象においても、その内部にかかわる人たちはそれぞれの目的やスタンスが違うという、普遍的な真理がここでもまた立ち現れてくるところが面白い。日本において美術館という存在が、権威付けのためにいかに大きいかということにも改めて考えさせられる。
その反面、「写真が美術品であるかどうか」について具体的に考えたいと思っている人には、本書のタイトルから期待すると少々物足りない内容かもしれない。でもそういう人は、ソンタグやシャーロット・コットンの著書をお読みになればいいと思う。本書ははなからそういう読みは射程にしていない。個人的には写真はアートよりも広い概念だと考えているが、いずれにしてもそれは各人が今後も考え続けていかなければならない。
また、最後の伊藤のインタビューは、写真のみにかかわらず、現代美術にたずさわるすべての者にとって必読である。写真を語っていた伊藤が写真を語らなくなり、また写真を語る可能性が高まっているという、現在のアートを取り巻く状況について、誰しも考えなければならない時期に来ていると思うのだ。
ともあれ、本書は「美術館で写真展を観る」ということが当たり前だと思っている世代、1980年代以降に生まれた若い人たちにこそ読んで欲しい一冊である。


『1985/写真がアートになったとき』青弓社
粟生田 弓, 小林 杏 編著

コメントを残す

CAPTCHA